山田洋次『男はつらいよ』日本、1969年 をビデオで

なんとも奇妙な。気持ちの悪いフィルム。無論良い悪いを言っているのではない。
「寅さん」という怪人は、まさに我々の世界の埒外の存在である。常に「一般人」振る舞いとははずれている。冒頭からしてそうなのだが、寅さんというのは芝居ががった人物で、重要なことはすべて口上として浪々と述べられる。これははっきりいって「照れ隠し」の域を越えている。こういった演技の人である寅さんにとって最大の見せ場であるはずの結婚式でその調和は崩れる。
吉田喜重の小津論を引くと、結婚式などという儀式の場において、そこにいる人間はその役割を見事に演じきることが要請されている。小津が良く用いた演技が許される場である。
そんな結婚式にあっては寅さんですらその様相を変える。この結婚式でもっとも見事にその役を演じきった、前田吟の両親(とりわけ志村喬扮する父親)のスピーチが終わると、寅さんはその紋付の袖を技とらしく大げさにうっかり破くと、それを合図に「寅さん」を演じることを止め、さくらの兄を演じる。
だからその後もうっかり寅さんは人間に恋をしてしまうし、当然ふられてしまう。しかし、そこでもやはり寅さんは寅さんを演じようとする。
そしてもとの寅さんに戻ってしまい出ていくのだが、こうなってしまってはもう続編など考えられないのではないか。

男はつらいよ [DVD]

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