ホウ・シャオシェン(侯孝賢)『珈琲時光』日本、2003年 をDVDで

壁や衝立や窓枠やカーテンやその他のものは、決して光を遮るものではなく、むしろ光に表情を与えるものである。このフィルムの中で光はのびのびと柔らかに部屋のなかや表を包み込む。それが太陽光でなくて、電灯の明かりであってもである。一青窈浅野忠信がミルクと珈琲を注文した喫茶店で、彼女が古地図片手にマスターに質問したあと、席に戻ったときの、卓上にある彼の珈琲カップの輝きが素晴らしい。この映像だけで、いかに彼が祝福された存在であるかがわかる。
壁や戸の端もまた、空間を窮屈にさせるものではなく、その内部の空間が広がりを持っていることを告げる。彼女の育ての親の家の開放感、いくつもの部屋が開け放たれた戸によって慎ましく広がりを示すのはもちろんのこと、彼の古本屋や彼女の部屋でさえも、世界に対して開かれた場所であることを示している。そんな中にあって電車の車内だけが、とりわけ山手線の車内のみが例外として、閉じた空間として現れている。あれだけ沢山の窓があって、様々な外の風景が広がっているのにもかかわらず、閉じられている、豊かな光は車内には注がない。だから、彼女は先頭車両に乗りこむことが多いのだ。先頭車両はその先への足場ではなく、ここでは行き止まりである。前方には壁がある(路面電車はそれに比べて開放されている。光がある)。

珈琲時光 [DVD]

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