キム・ギドク『悪い男』韓国、2001年 をDVDで

マジックミラー越しの交歓というモチーフはすぐさまヴェンダースの『パリ、テキサス』を思い起こさせる。マジックミラーという一見一方通行のコミニュケーションの場に思えるものは、実は一方通行どころではなく、複雑に乱反射する視線の発火する場所である。鏡を見るという行為はただ自分の姿を眺めるという行為ではもちろんないのだから、その裏からそれを眺める視線には当然複雑な様相を呈する。さらには完全な透明ではなく、自らの姿もうっすら映ってしまうのだから、ことは大変である。だからマジックミラーでさえぎられた人間たちの視線はもはや単純に目の前の光学的光景を捉えるあるいは受け取るものや、はたまた自画像に象徴されるような、抽象的な「内面」を見据えるといったものさえも越えた、マジックミラーの「面」という無限大かつ無限小の空間を漂うものになる。
しかしながらこれは「映画」とアナロジーをなすものではない。ここでは、映画はマジックミラーではないということを貫いている。キャメラのレンズと我々の見るモニターやスクリーンは、決してマジックミラーではない(もしかするとテレビモニターはマジックミラー性を帯びているかもしれない)。マジックミラーはスクリーンではない。
彼女の与えられた部屋のショットは例外無くマジックミラー越しの映像である。いや、浜辺で拾ってきたあの写真が鏡に張られるときあたりから、何度か「向こう側」からの映像が登場する。あれは余計である。出所した彼がライターに火をつけマジックミラーのマジックを壊す、あるいは文字通りタネ明かしをするまで部屋の中からのショットは入れるべきではなかったのではないか。そのときはじめて彼女はマジックミラーを破壊し、正常な交通は成立し、物語は終局に向かうのだから。

悪い男 [DVD]

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