原田眞人『バウンスkoGALS』日本、1997年 をビデオで

ちょうど10年前のフィルムだが、別に「古い」とか「懐かしい」と言った感じはなくて、ポケベルだとか古い携帯電話とかもそんなもんだという感じで、特にどうと言うことはなくみれた。つまりどう言うことかというと、結局このフィルムの関心はそこではなくて、エモーションとでもいうか、1997年の大人と子供ということではなくて、「普遍的」に分かり合えて、分かり合えない人間と人間ということにあるからだろう。ただ確かに、例えば拳銃という武器が比喩的にも実際的にも個人のエモーションを増幅させて発露させるように、そういった「現代的」な機器が個人の欲望を増幅させて可視化させているということは指摘出切るだろう。
だから例えばホウ・シャオシェンが『ミレニアムマンボ』とかでみせた、「現代」の観察というよりは、観察はあくまでも出発点として、複数の人間の情動とその力学を描こうという意思が見て取れる。これは原田眞人の一時期のフィルムの美点でもあり、限界でもあると思う。

バウンスkoGALS [DVD]

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