小栗康平『泥の河』日本、1981年 をビデオで

小栗康平のこの処女作に漲る、決意とでもいおうか、宣言とでもいおうか、そういった雰囲気。彼が映画で何をしようとしているかがここにある。
終盤まで、何故このフィルムがモノクロで撮られなければならなかったのかがいまいち腑に落ちなかった。確かにざらざらとした感じのやや荒い画質(ビデオで見ているので何ともいいきれないが)、コントラストは抑え目なものの深みのある影、そして加賀マリ子の白く美しい顔(ほぼワンシーンしか登場しない彼女の存在感は素晴らしい)など美学として高い水準を達成しているし、何よりも最初の「泥の河」というタイトルが出る個所などは、ああ、彼は本気で「日本映画」を、この80年代の初頭に引き受けているのだと感動すら覚えた。
だが、ともすれば、というよりも完全にお話としてはお涙頂戴な、「きーちゃん…きーちゃん…きーちゃん!!」と去り行く船を見送るシーン(何度も追いつこうとしてシーンが変り船が見えるたびにその瞬間にはもう去っていってしまう船の運動とその編集が素晴らしい)がそれでもぎりぎりのところで甘ったれたものになっていないのは、ひとえにこのモノクロの映像によるものが大きいのではないか。このモノクロはまさにぎりぎりのところでの小栗康平の慎みである。
主人公の家のうどんやの入り口の外がすぐに石段であるというロケーションが素晴らしい。家屋と扉の外に見える風景という日本映画の基本とでもいうべき配置。そして、この家と窓から見える川に浮かぶ友達の家である船との距離感が素晴らしい。このフィルムは決してサスペンスではないがヒッチコックのフィルムを思わせる。