小津安二郎『浮草』日本、1959年 をビデオで

いつもの厚田雄春ではなく宮川一夫が撮影監督を務めているこの作品。キャメラマンが異なることがこれほどまでにフィルムを違うものにするということを改めて実感させられた。
ファーストカットからして明らかに違う。浜から捉えた灯台、画面の傍らには褐色の瓶が添えられている。このあたりはまだ序の口である。船着場の事務所の風景。「リアル」に汚してある風景。そして極めつけはこれからやってくる旅芸人一座の乗っている船。かなり汚い。ペンキははがれているし、そのペンキの色もくすんでいる。小津の画面にこのように統制のとれていないものが映りこんでいるのは驚きで、これは明らかに宮川キャメラマンの意向が反映されたものであろう。後半で船の横で清が接吻する船場面の船底の塗装も赤色ではあるもののきれいなものではない。カラーフィルムが残酷なまでに汚さを写し取るだろう。これらの観たこともない画面に比べれば何度も接吻するシーンがフィルムに刻み込まれていることなど、さほどたいしたことのないようにさえ思えてくる。
それにしても京マチ子杉村春子の家に乗りこんで来て、それを中村鴈治郎が追い返す場面の凄まじさ。このような素晴らしい雨は現実には決して降らないだろう。フィルムの中にしか降らない雨。今これを書きながら、相米慎二の雨も凄まじかったなと思い出す。日本映画の雨は素晴らしい。最近はこのような雨は降らない。

浮草 [DVD]

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